2006年08月13日

靖国参拝:私は私の花道をすすむ (^_^;)

KoizumiKantei.jpgYasukuni.jpg
ふー、やっと靖国参拝のときがくる。
(^_^;)
これで私の意地というか公約にもしていた8月15日の靖国参拝ができる。
 富田メモの記事は私の心を変えようと、昭和天皇までひっぱりだしてきてやめさせようとした日経新聞を中心として経済界などの魂胆だったのだろうが、そんなことで私の心は変えられないよ。(^_^;)
 私の信念は信念として、最後まで貫かせてもらうからね。
 でもある意味で私は平和主義者で、安倍君ほど保守的じゃないよ。
森さんの言うように、安倍君はまだまだ弱すぎることは確かで、すぐストレスで下痢おこしてしまうような気弱さ(繊細さ(^_^;))の持ち主だから、次の参議院選挙後までは温存しておきたい、って親心としての気持ちはよーくわかってるんだ。でも、それでは、アメリカやイギリスなどの先進的な資本主義の社会(新自由主義)やこれからの世界の動きに追いつけないし、今後の中国、インドにも対等に経済戦争を戦っていけないよ。
 もう安倍君はいい加減、腹をくくって覚悟したかなー。(福田さんがおりて、額賀さんや山崎さんまでも安倍君、支持にまわるなんて、逆に、総理就任後に、なんやかんやと因縁をつけてくる、うるさい仲間(?)を増やしたようだからな (^_^;))
 まあ私ほど、自分の思い通りに、アメリカなどの新自由主義政策を推し進めた総理はいないだろう。(^_^;)
 これが私の心。言ってみれば、やっとアメリカ流の個人主義が定着して、若い人たちも含めて、自分のライフスタイルを確立して、好きなように生活できるようになってきたんだよ。
 これで格差が広がるなんて当たり前のことで、ずっと前から、こんな個人主義(なんでも自分流で、個人は自由だけれど、それなりに個人は責任もとる、ということ)の世の中にしたいって、思ってたんだ。
 でもよく考えてみると、みんな自分流の個人のライフスタイルを確立しちゃうと、なかなか他人と協調して生活しよう、ってことがばからしくなってくるよね。(私が離婚したのもそのことがあった(^_^;))
 昔はサラリーマンの生活だと、会社が面倒みて、社員旅行などまで会社が見てたけど、今では、逆に、そこまで個人の生活に干渉しなくなってきた。会社や地域までもが個人の生活に干渉しなくなってきているから、昔はどこでもいた、結婚をすすめる、おせっかいな近所のおばさんもいなくなった。近頃は親もあまりしつこく子供に結婚を迫らないようだしね。(私も息子に対してとやかく言わないようにしてる(^_^;))
 あー、新自由主義がすすんで、個人主義が広がれば、少子高齢化するのはあたりまえなんだよなー。これを避けるには、アメリカがやったように、東南アジアなどからの移民を受け入れるようにするしかない。
 それか昔の日本の伝統を重視して、公的な教育機関だけは充実させて、子供の教育費を稼ぐために母親までもが働かなくてもいいようにすることかな。
 あまりにも子供時代から社会の競争原理をもちこみ競い合わせることにより、子供自身を利己的な個人主義にかりたたせてしまっているからね。実は、私自身もそういう世界で育てられてきた (^_^;)
 考えてみれば、今の政治家の半分以上は、都会のお坊ちゃんで、2世、3世として育てられてきているから、他人の痛みなんて感じようがないんだよ。私も含めて (^_^;)

 さてさて、本題に戻ろう。
(^_^;)
 靖国参拝だけれど、私はこの意志を貫き、中国、韓国の外交改善は安倍君に任せるよ。私の靖国参拝で、安倍君には逆に今後の外交はやりやすいようにしておくよ。ある意味で「いい置き土産」のつもりだ。(^_^;)
 でも自民党の世耕君らのメディア戦略もうまいね。うちの飯島秘書官もすごいけど。密室政治の代表だった森さんらをテレビにひっぱりだして、自民党の悪い点をあけっぴろげにする。道路族のドンだった古賀さんをひっぱりだして、フィリピンで戦死したお父さんの慰問に行って、拝み始めたら急にスコールにあい、お父さんの魂を感じた、というスピリチャルな話を展開して、遺族会代表としての面目を如実にしてみせたり(^_^;)
 うーん、日本の保守政治の健在ぶりがTVで一般大衆にアピールできた場面だったよね。
 でも本当は小沢さんの言うように、国民にとって本当のこれからの敵は官僚だったり、アメリカの国益を代表する新自由主義の連中だろうな。
 でも最後にいきつく敵は、自分の欲望を限りなく貪ろうとする、自分自身の心なんだろうね。(^_^;)
 その意味で、90歳を超えて、なお元気な大先輩の日野原先生が、憲法9条とも関連して、非武装を貫き、日本はガンジーのような非暴力主義を国民ひとりひとりが理解して、戦争は二度とやらない、という、将来、不安や実際に痛みを伴うであろうことも覚悟して、そのことを決意をしないといけないとおっしゃっていたのには、感動した。(^_^;)
 とりわけ、北朝鮮などの脅威に対して、アメリカの結局、武力に頼もうとする日本人の心、そのものに対して批判的だったのには驚くとともに感服してしまった。先生自体、強烈な戦争反対の意識が刻み込まれ、深く反省した証拠なんだろう。
 それを反省し、痛感し、その強い想いを憲法に反映したのだということを国民、ひとりひとりが理解しないかぎり、また、おろかな歴史を繰り返してしまうこともおっしゃりたかったのだろう。
 日野原先生も繰り返しおっしゃっているように、戦争をする、ということは人間社会全体を精神病にしてしまう、ということを再認識して、決して、起こすまい、という強い決意が必要だ。
 そこにはクリスチャンとしての日野原先生の面目如実で、「罪をゆるす心」や「相手を思いやる心」が大事で、寒さや飢えで困っている相手に対して、自分も寒さやヒモジイ思いもし、自分の痛みもあるけれども、それでも敢えて、相手に差し出す覚悟ができていなければならないのだ
 さー、次の総理は、その覚悟を国民に憲法9条の是非を通して、改めて問うことになるのだろうが.....(^_^;)
 そのときの日本の国民は、北朝鮮などの揺さぶりに対抗できるだけの覚悟を決めて、憲法9条を堅持できるほどの強い平和意識を持っているだろうか。
 ふー、私自身は国民にそんな決断を迫り、その国民の審判の結果を通すような責任感までもはもてないし、最初からそのつもりもなかったからね。
郵政改革、一本やりで、それだけやれば、りっぱに後世、評価されると思ってたから。(実は知っての通り、他にも増税、年金問題などいろいろな問題を積み残している (^_^;))

 あくまでもカッコウだけでも改革をすすめ、政治をオープンにして、自分流を通した、という実績だけで充分、満足しているのだから。
(^_^;)


posted by JUNちゃん at 21:31| Comment(19) | TrackBack(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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